2015年11月5日木曜日

戦争における「人殺し」の心理学 デーヴ グロスマン著(ちくま学芸文庫)

兵士は実のところ、「人を殺したくはない」のだ。
大岡昇平の作品を読むまでもなく、戦場においてわが身と友軍を危険に曝しながらも、
あえて発砲しない兵士の存在は実に普遍的だった。
WWIIにおける米軍のライフル射手の「非」発砲率は80%、
という数字は何よりそのことを物語る。
距離が近ければ人を殺すのに伴う心理的な抵抗は高まる。
この距離は何も物理的なものだけではない。文化的、社会的、倫理的なものまで含まれる。
敵は神に歯向かう存在、という「合理化」、そして爆撃機のパイロットがいかに容易く引き金を引くか。「距離」があることで人は人を殺しやすくなる。
ベトナムにおける米軍の非発砲率は5%まで低下したという。
この劇的なまでの「進歩」は何を意味するか。
著者によれば訓練=動機付けの賜物だという。
殺人における「距離感」を克服する手段としての動機付け。
これは軍隊の中だけの話ではない。
日常に溢れる暴力的なメディアの存在も、
陰に陽に、殺し易くする動機付け機能を有しているのだ。
メディアの悪影響をめぐる議論は、「限定効果論」など枚挙に暇がない。
言論の自由と殺しの動機付けを秤にかけたとき、どちらに天秤を傾けるべきなのか。
この問題を考えるうえで、著者の提示する議論こそ広く読まれてしかるべきものである。

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